レポート
 箕輪氏が武蔵野奄美フォーラムで講演

 
 薩摩藩(含鹿児島県)による奄美差別を研究テーマにしている歴史研究家の箕輪優氏が11月2日、第44回武蔵野奄美フォーラム (田畑千秋会長)で「奄美差別について」と題し、基調講演を行いました。

 サブタイトルは「―薩摩藩(鹿児島県)による奄美差別を検証し、その実相を追体験する―」で、会場の東京都武蔵野市の同市商工会議所には奄美関係者約90人が出席し、箕輪氏の話に聞き入りました。

 基調講演終了後には、田畑会長の司会で奄美の歴史に造詣が深い泉堅二郎氏と稲村公望氏がパネリストとして加わり、パネルディスカッションが開かれました。

            奄美・琉球の略図をプロジェクター投影し講演する箕輪氏   

 箕輪氏は旧鹿児島県立大島実業高校(現奄美高校)S44年卒で、東京消防庁定年退職後に成城大学大学院文学研究科日本常民文化専攻博士前・後期課程を修了しました。 
 
 『近世・奄美流人の研究』で第25回日本自費出版文化賞部門賞(研究・評論部門)受賞。他に『大島御規模帳から見る奄美近世史』等の著書があります。また、最近では叶芳和氏によって出版された共著「外から見た奄美諸島―奄美のアイデンティティは何か―」において、「薩摩藩 による奄美差別に関する一考察」と題した論文を寄稿しています。

 箕輪氏は冒頭、「講演内容は、あくまでも私の個人的な価値観に基づくものであり、皆さんに押し付けるものではありません」と断った上で、以下のような内容で講話を行いました。

 薩摩藩が奄美・琉球へ侵攻した理由について、薩摩藩は関ヶ原の戦いで西軍(豊臣方)に加わって負け、財政難に陥ったことから、琉球国が行っている中国との密貿易の利権を奪取することと、奄美諸島を植民地化することが目的だったと指摘。侵攻後、奄美は琉球から割譲され薩摩藩の直轄地となり、そのことが「奄美差別」の先駆けとなった。

その後、いろいろな差別政策が取られた。その具体例として主なものは@服装の制限令A日本人への反同化政策Bノロ・ユタへの弾圧C諸島民への皆平百姓宣言−等々を挙げた。

 さらに明治時代の鹿児島県政時代になって以降も、黒糖の自由売買規制や県本土と切り離した奄美の独立経済(独立採算制)という経済差別があったということなどについて、1時間余にわたり解説しました。

             パネルディスカッションで討論する稲村、泉、箕輪、田畑各氏(左から)

 第2部のパネルディスカッションでは、パネリストとして泉氏と稲村氏が加わり、田畑会長の司会で進行。両氏は講演会テーマの「奄美差別について」、それぞれの経験などから持論や見解を述べました。

 講演後の質疑応答では出席者から活発な意見や質問が寄せられ、田畑会長が「歴史の事実は事実として受け止め、それを奄美の将来に昇華させていくことが大事なのではないか」などとまとめました。

講演する箕輪氏

「薩摩藩 による奄美差別に関する一考察」掲載書籍


  同フォーラムは、社会の各分野で活躍されている奄美ゆかりの方々の体験等を拝聴し、自己啓発と親睦を深めるのを目的としています。

箕輪氏の講演要旨はこちら(PDF)
南海日日新聞記事(11/27付け)を読む(PDF)
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