配田ヶ丘短歌会

投稿15首−佐々木一宇

  初日の出あまたの心に入り来て
             五感に触れる悠遠の空

  古希の日に「さんごん」で寿ぎ
          まだ未熟自らの命強く生きなむ

  古希なれど日々の努力と戒める
             視界広げつ下ろし歩まむ


  古きより伝わりきたる生業(なりわい)を
              守り育てる我らが使命

  懐かしき十七八(じゅうしちはち)はセピア色、
          今緑なりき再びの青春(はる)

  ここに在り生命をつなぐ故郷よ
           ただここに在れ我果つるとも

  海、山で育ち遊んだ昭和の日
             今人もなく風すさびゆく

  「どこだっけ?」思い出せない事多く
            今に自分も忘れはせぬか

  毎日を多くの愛に支えられ生かされ生きる
              この歳暦(としこよみ)

  世の動向(うごき)右へ左へ喘ぐ日々
       予感飲みつつ現在(いま)変わらねば

  亡父母(ちちはは)を日毎(ひごと)偲びて手を合はす
          遺影の笑みはいつもやさしく

  枯れ松は鋭き爪を空に向け
        新北風(みいにし)受ける強き意思もて
 
  霜月にまぶしく映える枯れ松よ
             その清冽さよ儚き姿よ

  桜散り山の主役はイジュの花
              白く寂しく恋する乙女


  朧(おぼろ)なる歳を重ねて見る月よ
           昨日は丸くくっきり見えたに
(2015.06.04up)
 

 


「島で暮らして」−佐々木一宇(計12首)

  愛深く 母子(おやこ)の心情(なさけ) かぎりなく
        老母(はは)の笑顔が ただそれだけで

  涙腺が いつも緩くて こぼれるよ
               花も写るし 娘の顔も

  野いちごを 夢中で食べて 日が暮れて
            
幸せだった あの日あの時


  亡父(ちち)いずこ 星降る空を 見上ぐれば 
              吾の体も 昇りゆきなん

  美(は)しき森 ただそれだけで 生きらると 
          両の掌あわせ 「とうとうがなし」

  つわぶきの 黄色さびしく 庭の隅 
              君を偲んで 秋雨に哭く

  やけうち湾 かげ絵を写す はぐれ雲 
          かたち変えつつ ゆっくりのんびり

  真夜中に 流るる川の 音高く
             漆黒の闇に 河原は光り

  満月に 酒酌み交わし 語らわん
              熱き心に 冴えわたる月

  諦めない 負けてはいけない 生き方を
        夢膨らます 島人(しまんちゅ)になり

  もう一杯 楽しき言葉 ふつふつと
        心の衣(ころも) 焼酎(さけ)に溶けゆく

  苦しみの 毎日抜け出る 裏道が
            きっと何処かに 深呼吸する

(2014.01.09up)


短歌の師・大島安徳先生の近作を紹介−佐々木一宇

 先生は、昨年5月から12月まで「頚椎」の手術で防衛医科大学病院へ入院されました。現在では大変お元気になられ、短歌作りやその指導をされております。以下は退院された後の作品です。

  シナ海の初日をろがみ漕ぎ出せば
             吾が六十兆の細胞は燃ゆ

 正月元旦、枝手久島沖合いへ板付舟を漕ぎ出して見渡せば、今まさにはるか東シナ海洋上を、むっくりと碧海を押し上ぐるようにして、初日が燦然と光を放ちつつ昇って行く。合掌を捧げる私の体内の六十兆の細胞は、燃えに燃えて崇高な日輪と一体化した。 ※ をろがみ・・・拝むの意

  荒海に帆を上げ叫(おら)びし父の声
           病み臥す吾を奮ひたたしむ


 一介の漁師だった父は、私を小さい頃から板付舟に乗せて、枝手久島沖合いへ釣りに出掛けるのが常だった。帰りがけ、海が荒れ白帆を上げた小舟の中は少しでも動いたら危険なので、父の怒声が容赦なく飛んだ。今、重い病に臥して、当時を思い起こす時、「なんの、これしきの病で」と、勇気が湧いてくる。
 
かねて病気とは縁遠い私が、頚椎症の不治の病に罹り手術を受けて病床の人となった。ある夜、ベールに包まれて呻吟苦悩する闇の中から、一条の真理の光が差し込んだような、心の安らぎを覚えた。人生を見つめる己の眼差しが美醜を越えて春の陽射しのように、澄んで温もりに満ちたものへと変わって行った。病は深い人生哲理を、私に授けてくれた。

  治らざる病ひ抱けば人を世を
        見つむ眼(まなこ)の澄みて穏しも

 病床を抜け出て、明けゆく島の春山のしたたるような緑の景観の中に包み込まれると、悩んだり悲しんだりしていた憂きことが、まるで夢のようにすうと消えて去っていくから不思議だ。やはり人間は自然の子だなあと、つくづく思う。大自然の恵みによって、いかに癒されていることか。

詠歌・・大島安徳先生(計3首)(2013.05.20up)

  父の背を追いて生きなん今日もまた 
             神に謝しつつ庭掃き清む

  今朝の母頬あざやかに輝きて
         交わす言葉もいと愉(たの)しげに

  星空を見上ぐる病父(ちち)の瞳には
              古き想い出涙に溜めて


  他人(ひと)は言う元気かくしゃく良かったね
          父の真意(おもい)は寂しい背中

  久方に生(あ)れし赤尾木訪う病父(ちち)の
             あふるる涙に我も泣きいし

  嬉しさにからだ奮(ふる)わせ手を握る
              僕の誇りだ九十二の父

  やせた手でわれを抱きしむ病父(ちち)あわれ
             残せし母を気遣い給えり

  朝日さす川面に漂う花びらよ
        彼岸の亡父(ちち)の目にも触れるや

  亡き父のみすがた映るビデオ前
             正座の母はみじろぎもせず

  歳老(としお)いてただ耐えくれし萎(な)えた母
             耳奥絶えず蝉鳴くごときと

  母八十路(やそじ)おぼつかなしと悟りける
         寝てつ起きてつ日々に険(けわ)しき

  母ちゃん(あんまあ)や父ちゃん(じゅう)の後を駆けて
      きた これから僕が魁(さきがけ)にならむ

  病む老母(はは)と在りし日の父語らえば
              涙あふるる手を握りしむ

  除夜の鐘老母(はは)と語るはしみじみと
              重荷おろせし定年の暮れ

  朝夕にいただきますと掌を合わす
          老母(はは)の瞳のなんと愛おし

  リハビリと村歩き見るお老人達(おとしより)
             春の陽浴びて笑顔うららか

  ありし日に亡父(ちち)と参りし精霊殿
             今も思いつつ香を捧げぬ

  なみだ溜め病母(はは)の言葉の重きこと
             吾の知らない苦闘の歴史

  明日もまた明るい笑顔見たいよね
         苦労重ねて小さくなる老母(はは)

  六回忌不意に枯れたるシクラメン
             想い出抱きて父を追いしか

  幼き日母が手を取り吾歩む
          今懐かしく老母(はは)の手を取る

  坂道を上るも嬉し精霊殿
       亡父(ちち)に報告老母(はは)元気だよ

  終戦の1月1日命懸け
      吾生みし老母(はは)よ「いつもありがとう」

  空襲をくぐりて老母(はは)は吾を生む
       23歳(にゅじゅうさん)の乙女命を賭けて

  亡父(ちち)がまだ家の何処かに居るらしい
           老母(はは)が微笑む涙を流す

詠歌・・佐々木一宇 (計25首)


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