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南信州に涼を求めて−HP管理人

 HP管理人は8月某日、山歩きの友人と南信州に涼を求めて、長野県飯田市の遠山郷・下栗の里を訪ね、翌日は同県大鹿村から三伏峠経由で烏帽子岳(2726m)に登った。

 下栗の里では日本の農山村の原風景に心が安らぎ、三伏峠下のお花畑では群生する高山植物に目を奪われた。短期間だったが、連日続く猛暑から解放され、心身ともにリフレッシュできた。

「日本のチロル」と呼ばれる下栗の里(天空の里ビューポイントから)

 今回は、全行程ともマイカー利用で移動した。この地域の公共交通機関は、首都圏からはJR飯田線と高速バスしかなく、複数地点を巡るにはマイカー利用が便利だったからだ。

 中央高速道諏訪インターを下り、曲がりくねり離合するにも注意が必要な国道152号を南下。昼食を取ったりしながらのドライブだったため、下栗(しもぐり)の里に着いたのは夕刻になっていた。

  久しぶりに見る昔懐かしい農山村の景観に、一瞬、昭和中期にタイムスリップしたような感覚を覚えた。この里は日本の原風景が残る地として2009年、鹿児島県・奄美大島の加計呂麻島などとともに「にほんの里100選」に選ばれている。

 ヨーロッパアルプスのチロル地方に景観が似ていることから 「日本のチロル」と呼ばれ、また最近では「天空の里」とも呼ばれ、観光地として人気が高まっているそうだ。

 最大斜度は38度もあり、標高800m〜1000mの間に段々畑や民家が点在している。最盛期には300人ほどいた住民も現在は44戸77人に減っている、という。

三伏峠下のお花畑に群生するタカネマツムシソウ

 里は高齢化で段々畑を耕す人も少なくなり、雑草などが生い茂り荒れている畑が多かった。確かに気を付けないと転げ落ちそうなくらい急峻だった。宿で早目の夕食を取り、 翌日の運転と登山に備え、久しぶりにエアコンを使わず床に入った。

 翌朝、宿から国道152号を北上し大鹿村の林道にある駐車場まで約2時間。登山口まではその林道をさらに歩いて40分ほどかかった。コケの生える樹林帯の中を3時間ほど歩くと三伏峠小屋に着いた。この山小屋は日本最高所の峠(2607m)にあり、昔はこの峠を越えて駿河や甲斐の国と行き来していたそうだ。

 小屋脇のキャンプ場は若い男女の登山客ばかりだったのに対し、小屋には我々含めて老々男女の客ばかりだった。夕食はなんと午後4時半からで、 消灯時間の同7時半まで時間を持て余しながら過ごした。

烏帽子岳からの小河内岳(手前右)と荒川三山(奥)

 朝食は4時半からだったが、遠くの山を目指す登山客はそれより早く出発していたので、食堂は夕食時より空いていた。我々2人は、登り1時間程度の烏帽子岳往復だったため、ゆっくりと朝食を取り出発した。

 烏帽子岳は日本200名山にも名を連ねていないが、南アルプスなどを見るには条件の良い山だ。若干ガスがかかっていたものの、すぐ近くに塩見岳(3046.9m)、北東には蝙蝠岳(2864.7m) 。南方には小河内岳(2801.6m)、さらにその向こうには荒川3山などがはっきりと姿を現し、東側にはうっすらと富士山(3776m)も遠望できた。

 しかし、天気が良ければ見えるはずの北アルプスの山々を確認することはできなかった。

 景観を堪能した後の帰路は、高山に咲く花の写真を撮りながらゆっくと下った。中でも三伏峠下のお花畑は圧巻だった。シカの食害を防ぐ柵が設けられていることもあって、タカネマツムシソウが群生していたのをはじめ、リンドウなどの花が今を盛りと咲いていた。

 どの花も自己主張することなく、ひそやかなたたずまいを見せながら、涼しげに高山の短い夏を謳歌(おうか)しているかのようだった。

日本最高所の三伏峠(標高2607m)

南アルプスをバックに友人(左)とHP管理人

カニコウモリ

シシウド

タカネマツムシソウ

ゲンノショウコ

マルバダケブキ

ミヤマシャジン

トウヤクリンドウ

オヤマリンドウ

ミヤマトリカブト

エゾカワラナデシコ

タカネコウリンカ

キバナノヤマオダキ

熟した実(不明)

(花名不明)

コケに覆われた樹林帯(南アは北アに比べコケが多い)

 下山後、大鹿村の鹿塩温泉に浸かり、沢のせせらぎを聞きながら疲れを取った。その後、近くの食堂で久しぶりにシカ肉料理を食べた。

 村のホームページによると、人の数(約1060人)よりシカの数の方が多く、シカやイノシシを素材にしたジビエ(野生鳥獣肉)料理を地域ブランドとして確立させる取組みが観光協会を中心に行われている、という。また、この村は300年以上続く大鹿歌舞伎を題材にした映画「大鹿村騒動記」(主演は原田芳雄で遺作となった)でも知られている。

 ところで、2027年に東京―名古屋間で開業予定のリニア新幹線の駅は、長野県では飯田市座光寺地区に建設されることが決定した。現在、首都圏からは遠く離れ僻遠(へきえん)の地にある遠山郷や大鹿村だが、開通の暁にはどうように変わっていくのか。元気だったらぜひ再訪してみたい、と思った。

朝日に映える「天空の里」

下栗の里風景

同左

「日本のチロル」命名の碑
宿は1076mの高所にあった

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(山田信廣=実高S43年卒、2015.08.14up)



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