レポート
 

奄美群島日本復帰60周年記念式典を開催−東京奄美会など

 「ときを超えて思いは繋がる!!」―東京奄美会(英辰次郎会長)は10月6日、奄美群島広域事務組合と共催で奄美群島日本復帰60周年を冠した総会と記念式典などを渋谷公会堂(東京都渋谷区)で開催した。

 会場には奄美の郷友会員を中心に来賓の国や鹿児島県、群島内の市町村など関係機関の幹部ら約2千人が参集。式典では、先人たちの民族運動で日本復帰を勝ち取った歴史的意義と郷土愛を次世代へと引き継いでいくことを確認した。


 それに続く文化芸能祭と祝賀会では、奄美にゆかりのある歌手や演者による島唄や歌謡曲・踊りが披露され、来場者は盛大な宴を心ゆくまで楽しんだ。

式典は大高吹奏楽部OB・OGバンドによる「国歌斉唱」と「日本復帰の歌」で始まった

 この日のイベントは第1部の総会と第2部の式典、第3部の文化芸能祭、第4部の祝賀会で構成。第115期総会の議事終了後、式典では英会長が「先人たちの労苦に敬意を表するとともにこの歴史上の成果を次世代につなげなければならない」と呼び掛けた。

 さらに奄振法更改と奄美・琉球世界自然遺産登録に触れ、「東京奄美会は13郷友会が力を合わせ、ふるさと奄美の応援団として力を結集しなければ、と思いを新たにしている」などと語った。

 また、来賓の奄美群島広域事務組合管理者の朝山毅奄美市長は「2月に奄美群島成長戦略ビジョンを策定し、群島一丸となって推進しているところだ。東京奄美会の一層のご支援ご協力を賜りたい」などとあいさつ。そのほか、保岡興治衆院議員や桑原敏武渋谷区長らが祝辞を述べた。

奄美から参加した総勢53人の奄美六調太鼓

 第3部の文化芸能祭は「朝は明けたり」の歌唱でスタート。奄美から駆け付けた総勢53人が奄美六調太鼓で会場の雰囲気を盛り上げると、築地俊造さんや徳之島出身のシンガーソングライター一馬・竜馬さん、久永さとみさん、永井龍雲さんらが持ち歌を順番に熱唱した。

 また、三沢あけみさんが新曲の「花咲く季節に」と「島のブルース」など3曲を、11月デビュー決定の徳永ゆうきさんはデビュー曲の「さよならは涙に」を歌った。

 休憩を挟んだ後、前山真吾さんら5人がシマグチ(方言)を交えた唄遊びで会場を沸かせた後、東京奄美会女性部による舞踊「永良部百合の花」、相撲甚句、伊是名の会による民族舞踊、坪山豊さんとフルーティストの大和田葉子さんによる島唄のコラボなどが次々に披露された。

 フィナーレの六調が始まると、来場者も舞台に上がって踊り出し会場は奄美の熱気に包まれた。

三沢あけみさん

安田竜馬さん、禎一馬さん

徳永ゆうきさん

 
久永さとみさん

永井龍雲さん

築地俊造さん

牧岡奈美さん、中村瑞希さん
大和田葉子さん、坪山豊さん

左から徳原大和さん、松崎博文さん、前山真吾さん、牧岡奈美さん、中村瑞希さん

伊是名の会は龍郷町の平瀬マンカイ(国の重要無形民俗文化財に指定)をイメージした踊りを披露した

芸能祭のフィナーレで舞台狭しと六調を踊る来場者

 筆者は昭和24年、龍郷村(当時)の生まれだ。復帰当時は4歳だった。復帰運動や復帰祝賀時にちょうちん行列があったことなど、何一つ記憶がない。

 親から「あんたは復帰運動の真似をして、段々畑などで『シンタクトウチゼッタイハンタイ(信託統治絶対反対)』と叫んでいたよ」と、よく聞かされものだ。

 
幼児が真似るぐいだから、復帰運動は名瀬ばかりでなく龍郷村などでも大きな盛り上がりを見せていたのだろう。

 ただ、復帰後しばらくしてから、B円(アメリカ軍発行の軍票)から日本円への通貨切り替えの際、親がB円をタンスの引き出しなどで探していたのをかすかに思い出す。本日のイベントは、そんな遠い昔に思いを馳せるものだった。

 B円の写真は柿園守雄さん(S41年実高卒)提供。

10銭
1円




5円
20円

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(山田信廣=S43年実高卒、2013.10.12up)


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